本書を読んでいるあいだ中、シンクロニシティ(共時性)の波動のシャワーを浴び続け、ゆめさきはじめ氏の水先案内に身を委ねて、100年前後の時空をただひたすら心を震わせながら漂っていた。
内容は、しっかりとした死生観に基づくとても厳しいノンフィクションだが、この宇宙に存在することへの感謝と両親をはじめとする周りの人たちへの慈愛に満ちていて、読むものに対して、自分の人生にしっかりと向き合うことの大切さを伝える。
「自分の人生に向き合う」とは、言うは易しいが、実践することの何と困難なことか。それをゆめさきはじめ氏はさりげなく語る。それが読むものの心を震わせるからすごい。
本になって、あらためて一気に読み直してみて、あらためて感動を味わうことができた。
最後にお父様の俳句の雅号“魁陽”の由来「春陽に魁けて咲く梅の花」、にたどり着くところは、何とすがすがしい事か。
『星涼し空は男の子が征くところ』(魁陽)の句が、我々を不思議な世界へいざない、気が付くとゆめさきはじめ氏が紡ぎ出した時空を漂っている。そんな人生の旅の本だ。
【読書メモ】
「要はシンクロは結果であり、日頃の生き方の中にある情報を、感動や感情を添えて積んでいくことなくしてシンクロとの出逢いはなさそうである。」(p.179)
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sy
会社ではどうだろうか?働きながら心の病になる人が増えており、その方々には、理不尽さ、重いノルマによる圧迫、人間関係の軋轢、周囲の無理解といった共通項がある。「職場はなぜ壊れるのか 荒井千暁著より」
これも「克服する、乗り越えるに値しないもの」なのだろうか?
ちゃっくん
世の中にはさまざまな企業がある。社員を酷使する企業がある一方で、経営者予備軍や企業家が育ち、自社も発展する企業がある。前者のような企業の従業員は、二十一時になるとオフィスの中の電灯が消され、パソコンの灯りだけで終電まで残業を強いられる。後者のような会社では、「ワイワイ、ガヤガヤ」と職場が沸き立ち、中には寝食を忘れて仕事に没頭する社員もいる。両者を比べると、実は目に見える就業時間はそう変わらないかもしれない。しかし、目に見えない会社と社員の「精神的な関係」に雲泥の差がある。
『CSR「働きがい」を束ねる経営』~日経CSRプロジェクト編~