「粗にして野だが卑ではない」石田禮助の生涯~城山三郎著、文春文庫~

今の時代でこそ民間企業から官の世界へ移って経営を引き受けるという話は珍しくないが、昭和38年当時、職員46万人を率いる国鉄総裁の職をいきなり財界から引き受けるというのは異例中の異例だったに違いない。

しかも、引き受けた時の年齢は、77歳。今でいう老害が心配される年齢ではあるが、外部から来たということ、報酬を受け取る気はなかったこと、明治生まれの気骨に溢れていたことを考えると、そんな心配は杞憂であったろう。老害とは、同じ組織に長期間君臨し世代交代が行われないまま、一見、組織のすべてを掌握しているようでいて実はまわりの者たちが何も言えない状態になって徐々に組織の活力が失われていくことを言うから、石田禮助の場合はその対極にあったのだろう。

さて、城山三郎はこの石田禮助を痛快に颯爽と描いている。おそらく、こんな経営者が滅多にいなくなった現在にあって、気骨があり颯爽とした経営者へのオマージュとしてこの小説を書いたに違いない。

若い時から自分の人生を生き切り、悔いのない仕事をした人がたどりつく最後の境地は、やはり世のため人のための働くことこそ自分の使命と確信することなのか。だが、老後を待たずとも、たとえせせこましい日常に埋もれている現役にあったとしても、今、自分のかかわっている仕事が“国家的な貢献度の高い仕事”に繋がっていると自ら思うことができれば、これほどわくわくすることはないのかもしれない。

【読書メモ】

「商売に徹して生きた後は、「パブリック・サービス」。世の中のために尽くす。そこではじめて天国へ行ける。」(p.19)

石田禮助;明治19年(1886年)2月20日生まれ~昭和53年(1978年)7月27日没、三井物産代表取締役社長、第5代国鉄総裁。

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